ツイッターには危険なところもある。たくさんのフォロワーを抱える人ほど気をつけないといけないのは、フォロワーの多くは自分に関心を持ってくれている賛同者、サポーターであるという点だ。そもそも嫌いな人、意見の合わない人をフォローしようとは思わないものね。(情報の発信者とフォロワーの関係にはそうした偏りがあり)人々の「本当の反応」はつかみにくいメディアだ。
僕のフォロワーは1万5千人いて、1万人を超えるとマス(大集団)といえるが、僕を支持する側に立つ人たちのコミュニティーだということを忘れてはならない。僕のつぶやきに対して批判的なコメントも来るが、やはり前向きなコメントの方が多い。これを「民の声」と勘違いすると、だんだん「オレの言うことは正しい」と裸の王様になってしまう。
ツイッターですべてが変わるとか、メディアがいらなくなるとか言っている人が結構いるけれど、それはちょっと違うなあ。
朝日新聞の実例だけ、Twitterの双方向性をまだ活かせてないような。
だから表題にも朝日新聞の名前が出てないのかな。
変化の研究の第一人者として知られるアルビン・トフラーは著書『パワーシフト 21世紀へと変容する知識と富と暴力』の中で、政治、経済を中心とする権力構造のすべてが崩れつつあり、「個人」へと権力の移行が進行する21世紀の様子を明快に描いた。
マスマーケティングは、「ニッチ」や「ミクロ」のマーケティングに取って代わる。個人の意識はますます高まり、ITやインターネットの進化・普及にともなって、あらゆる産業が「非大量化」の波にさらされる。そう、説いた。
ツイッターの登場と、爆発的な普及は、まさにトフラーの予言が具現化された現象にほかならない。無数の「マイクロブログ」、無数のつぶやきによる集合体の中で、個人はチャンネルを集めるが如く、自由に自分なりのメディアを形作っている。
大量生産の象徴であるマスメディアが、この新しい時代の新しいメディアに介入し、新たなビジネスモデルを模索することは、トフラーによれば、当然の成り行きなのだろう。変化を拒んだ者が勝つのか、楽しんだ者が勝つのか。決着を見るまで、そう時間はかからない。
「有権者に直接、政策を訴えられるし、議員との接触に感動される」とはいえ、かなり労力を奪われる。「自分で調べればすぐ分かることを聞いてくる。返事をしないと、嫌みを書き込まれるので放置できない」
ユーザーによる批判的なコメントが増え、「炎上してるぞ。なんとかしろ」と夜中に議員からの電話でたたき起こされたこともある。ネットは365日、休む間がない。年末年始もパソコンから離れられなかった。
「ネットの双方向性はもろ刃の剣なんです」と話すのは、外資系PR会社「ホフマンジャパン」(東京都)の野村真吾社長(42)。「ユーザーと直接対話できるメリットがある一方で、ユーザーを『コントロールする』という考え方は禁物。誠実に対応しなかった場合、悪評がひろまってしまうこともある。地道に大手メディアや実際の活動で評価を高めることも重要で、これによってさらにアクセス数は増える」
アント・クレイはイギリスの田舎町にあるパブにたとえていて、これもなかなか的を射たものだ。(中略)「皆が自由に話して、好きな会話に耳を傾ければいいんだ。ツイッターのパブリックタイムラインはそんな感じだね」
パブでテーブルの反対側にいる友だちが言ったことに返事をしたいこともある。そういうときには「聞いてくれよ、ジョン」などと大きな声で話しかける。(中略)これはツイッターでの「@」に該当する。この会話は、他の人にも見える。会話はあくまでもパブリックなものなのだ。(第16章より)
クレイは、パブでは会話に参加してこそ楽しめると主張する。カウンターの端に座って人の話に耳を傾けているだけでも楽しめるかもしれない。しかしそうした様子が続けば、他の人もあなたと会話する気持ちがなくなり、邪魔せずに放っておこうということになる。(第16章)
# 複数アカウントで利用できる
# 予約投稿できる(ただし正常に動作しない場合あり)
# 横に指をスライドさせて、画面切り替え
# 共有画像を「その場で撮る」と「ギャラリーから選ぶ」で選択可能
# 検索結果やハッシュタグのTL表示も設定可能
# プロフィール画面のメニューが充実
# ただし外部サービスとの連携具合に難有り
携帯電話やメールに匹敵するコミュニケーション革命といわれるネットサービス「ツイッター(Twitter)」。いまのところ日本の利用者は首都圏に集中しているが、地方でも商店街の活性化や観光情報のPRに活用しようという動きが広がりつつある。