1992年2月、福岡県飯塚市の雑木林で、7歳の女児2人の遺体が発見された。死因は窒息死。事件から2年後の1994年、福岡県警は遺体周辺の血痕とDNAのタイプが一致したとして、近隣に住む久間三千年さん(52歳)を逮捕した。
でも久間さんは否認し続けた。物的証拠も何一つない。指紋も一致しない。唯一の証拠は、警察庁科学警察研究所が行なった「MCT118型検査法」によるDNA型鑑定だ。つまり足利事件で、菅家さんを有罪と認定した鑑定方法だ。
一審と二審はともに、DNA鑑定の精度はきわめて高く信用できるとして、検察の求刑どおりに死刑判決を下し、最高裁第二小法廷も、2006年9月8日に久間さんの上告を棄却した。
つまり死刑が確定した。今から3年と少し前だ。
もう一度書くけれど、久間さんが有罪と認定された根拠は、菅家さんが有罪と認定されたDNA鑑定と、まったく同じ方式だ。死刑が確定した後も久間さんは、自分は犯人ではないと主張し続けた。ならば今すぐに、久間さんのDNA再鑑定をしなければならない。誰もがそう思うはずだ。
だからこそ、その前に処刑せねばならなかった
でももう遅い。2008年10月28日、再審請求の準備をしていた久間さんは、福岡拘置所で処刑された。このとき70歳。
死刑判決確定から2年2ヵ月後の処刑。あまりに早すぎる。しかも再審請求の準備をしていた。普通はありえない。
足利事件のDNA検査再鑑定が始まるのは、久間さんが処刑されてから1週間後だ。つまり久間さんの再審請求が認められれば、80年代にぷっつりと途絶えた死刑囚の冤罪が、また明らかになるかもしれなかった。その可能性はきわめて高い。だからこそその前に、処刑せねばならなかった。
page: 3
……書きながら恐ろしい。もちろん推測だ。そこまで恣意的に法務当局がやったとは思いたくない。でも「する」のではなく「しない」ことで、組織は時おり身の毛のよだつようなことをすることがある。